日本の歴史人

菅原道真は怨霊になり、そして、晴れて神様になりました!

菅原道真

 

 

 菅原道真(すがわらのみちざね)は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家でした。また、今では、学問の神様として皆さんに親しまれています。

 道真の誕生日は、承和12年6月25日(845年8月1日)です。
 また、延喜3年2月25日(903年3月26日)に、59歳の生涯を閉じています。
 そして、道真公が、寛平9年(894年)に権の大納言、右大臣になったのは、53歳の時でした。
 なお、左大臣藤原時平が昌泰4年(901年)に「菅原道真天皇の命を狙っている」と言う「嘘の情報」を流した。そして、道真公は罪を着せられて、九州の太宰府に流されました。また、2年後に59歳で太宰府の地でお亡くなりになられました。

 また、道真公の冤罪(えんざい)は、、無実の罪で、生存中に晴れることなく、怨霊となって、宮中で祟りました。その後、20年ほどたって菅公の冤罪は、晴れ、天満宮があちらこちらに、建立されました。そして、その中で、有名な日本三大天神が山口県防府天満宮と福岡県の太宰府天満宮、そして、京都府北野天満宮です。

また、菅公は、学芸に秀でていたことから「学問の神様」として、信仰されました。
なお、毎年、受験シーズンになると高校、大学の受験生とその親が天満宮に参拝します。
 なお、絵馬には願い事を書き、お札を神棚にお供えし、お守りを肌に身に付けます。

私は、中学3年生の時にお祓いを受け、祝詞(のりと)を奏上(そうじょう)して頂き、ご利益を頂きました。

 天神信仰は、受験生にとって、「苦しい時の神頼み」ですが、テンション、モチベーションも上がります。

 そして、菅原道真は、死後、冤罪も晴れ、恨も無くなり、学問の神様となり、晴れ晴れとした嬉しい気持ちに成られて、神様として天満宮にお祭りされ、波乱万丈の生涯を終えられ、後に神様になりました。

ちなみに、道真公は、天国ではどのように、御過ごしになられているのか気になるところです。

天神信仰とは如何なるものか?」

 学生は、勉強とクラブ活動に没頭すべきでは!?そうだよね!

君ならできる!?合格必勝、ガンバレ学生諸君!!